親友が騒ぐ声の中で、宮崎瑛介は目を伏せて、霧島弥生に素早く返信をした。「傘はいらない。先に帰っていい」このメッセージを受信したとき、霧島弥生は心の中で少し変だと思い、「何か問題があったの?」と返信した。彼女は目を伏せてしばらく待ったが、宮崎瑛介からの返信は来なかった。きっと、本当に忙しいのだろう。霧島弥生は先に帰ると決めた。「ちょっと待って」後ろからかけられた声に彼女は止めた。振り返ると、二人のおしゃれな女性が彼女の前に歩いてきた。その中の背の高いほうが彼女を見下ろして、「霧島弥生なの?」と軽蔑したように尋ねた。相手は明らかに悪意を抱いている。霧島弥生もぶっきらぼうに答えた。「あなたは?」「私が誰かは重要ではないわ。重要なのは、奈々が戻ってきたこと。気が利くなら、宮崎瑛介のそばから離れなさい」霧島弥生は目を見開いた。長い間その名前を聞いてなかったので、その人間がいることすらほとんど忘れてしまっていた。相手は彼女の気分を悟ったようで、また彼女を見下ろして、「なぜそんなに驚いているの?二年間偽の宮崎奥様をしていたから、頭が悪くなったの?本当に自分が宮崎奥様だと思ってるの?」霧島弥生は唇を噛み、顔は青ざめ、傘を持つ指の関節も白くなった。「もしかして、諦めていないの?奈々と争いたいと思っているの?」「こいつが?」霧島弥生はそっぽを向いて、そのまま歩き始めた。二人の女が言うことを聞くのをやめた。二人の叫び声が雨の中に消えていく。霧島弥生が宮崎家に帰ってきた。玄関のドアを開けると、雨に濡れた姿で立っている彼女を見て驚いた執事は「奥様!」と声を上げた。「こんなに濡れて、どうなさいましたか?早くお上がりください」霧島弥生は手足が少し痺れていた。家の中に入るとすぐに、彼女はたくさんの使用人に囲まれ、使用人は大きなタオルで彼女の体を覆い、髪を拭いてあげた。「奥様に熱い湯を入れて!」「生姜スープを作って」霧島弥生が雨に濡れたことで、宮崎家の使用人は混乱していたので、一台の車が宮崎家に入り、長い影が玄関に現れたのに誰も気がつかなかった。冷たい声が聞こえてきた。「どうした?」その声を聞いて、ソファーに座った霧島弥生はまぶたを震わせた。どうして戻って来たのだろう?彼は今、奈々と一緒にいる
宮崎瑛介は彼女を浴室に連れていき、出て行った。霧島弥生はずっと頭を下げていたが、宮崎瑛介が離れると、彼女はゆっくりと頭を上げ、手を伸ばして涙をそっと拭った。しばらくして。彼女は浴室のドアを内側から鍵をかけ、ポケットから妊娠報告を取り出した。報告書は雨に濡れて、字はもうぼやけていた。もともとサプライズとして彼に伝えたいと思っていたが、今は全く必要ない。宮崎瑛介は携帯を手放さない人であることを、2年間彼と一緒に過ごしてきた彼女はよく知っていた。しかし、彼自身がわざわざ彼女にそんなメッセージを送って、笑い者にされるようなつまらないことをするわけがない。きっと誰かが彼の携帯を持ち、そのようなメッセージを送って、笑い者にされたに違いない。たぶん、彼女がバカのように傘を差して下で待っている姿を、上から多くの人が笑っていたのだろう。霧島弥生は長い間その紙を見つめ、皮肉な笑いを浮かべながら、報告書を引き裂いた。30分後。霧島弥生は静かに浴室から出てきた。宮崎瑛介はソファーに座り、長い足を床にのせた。その前にはノートパソコンがあり、まだ仕事に取り組んでいるようだった。彼女が出てきたのを見て、彼は隣の生姜スープを指した。「この生姜スープを飲んで」「うん」霧島弥生は生姜スープを手に取ったが、何かを思い出し、彼の名前を呼んだ。「瑛介」「何?」彼の口調は冷たく、視線はスクリーンから一度も離さなかった。霧島弥生は宮崎瑛介の優れた精緻な横顔とEラインを見つめ、少し青ざめた唇を動かした。宮崎瑛介は待ちきれずに頭を上げて、二人の目が合った。入浴したばかりの霧島弥生は肌がピンク色になり、唇の色も前のように青白ではなく、雨に濡れたせいか、今日の彼女は少し病的に見えて、か弱くて今すぐにでも壊れてしまいそうだった。ただその一瞥で、宮崎瑛介の何らかの欲望が刺激された。霧島弥生は複雑な心持ちで、宮崎瑛介のそのような感情には関心を持たず、自分の言いたいことを考え込んでいた。彼女がようやく言いたいことを言おうと、「あなたは……あっ」ピンク色の唇がちょうど開いたとき、宮崎瑛介は抑えられないように、彼女の顎をつかんで体を傾けながらキスをした。彼の粗い指はすぐ彼女の白い肌を赤らめた。宮崎瑛介の息がとても熱く、燃
霧島家が破綻する前には、霧島弥生を追いかける男性は数えきれないほどいたが、彼女が気に入った人は一人もいなかった。時間が経つにつれて、皆は霧島家のお嬢様が清楚ぶってると言うようになっていた。そして破綻後、多くの男は彼女をからかう心を燃やし、裏でオークションを始めた。彼女が最も落魄、最も屈辱を味わったとき、宮崎瑛介が戻って来た。彼はそのうるさくオークションをする人を片付け、それぞれに痛ましい代償を支払わせた。そして霧島家の借金を完済し、彼女に言った。「私と婚約しなさい」霧島弥生は彼を驚いた表情で見つめていた。その顔を見て、彼は手を伸ばして彼女の顔を撫でた。「何だその顔?君を利用するとでも思っているのか?安心して、偽の婚約だけだ。おばあちゃんが病気になったんだ。君のことをとても好きだから、君と偽の婚約をすることで彼女を喜ばせたい。霧島家を再建する手助けをしてあげるから」ああ、偽の婚約だった。ただおばあちゃんを喜ばせるためだった。彼が自分のことが好きでないと彼女はわかっていた。それでも、彼女は同意した。彼の心に自分はいないと明らかにわかっているのに、落ち込んだ。婚約後、霧島弥生はとてもかたくるしかった。二人は幼馴染だったが、前はただ友達として接していたので、突然の婚約に霧島弥生は言葉にできない不自然さを感じていた。ところが、宮崎瑛介はとても自然だった。各種のパーティーやイベントには彼女を連れて行った。一年後に宮崎おばあさんの病気が悪化したため、二人は結婚し、霧島弥生が皆から羨まれる宮崎奥様となった。世間では、この幼馴染の二人がついに結ばれたと言われていた。気づいたら、霧島弥生は思わず笑っていた。残念ながら、実りなどなかった。ただ互いに希望する取引に過ぎなかった。「まだ寝ていないのか?」宮崎瑛介の声が突然聞こえてきた。すぐに、そばのマットが凹んで、宮崎瑛介の清潔な香りに周りが包まれた。「話したいことがある」霧島弥生は振り向かず、宮崎瑛介が何を言いたいか大体わかった。宮崎瑛介は言った。「離婚しよう」予想されていたにもかかわらず、霧島弥生の心はドキドキと高鳴った。彼女は心の中の波を押さえ、できるだけ落ち着くようにした。「いつ?」彼女はそのまま横たわっていて、表情は落ち着いて、声にも何の
翌日朝起きると、霧島弥生は風邪気味だと感じた。引き出しから風邪薬を取り出し、温かい水を一杯注いだ。風邪薬を口に放り込むと、霧島弥生は何かを思い出して、顔色が変わり、浴室に駆け込んで口の中の薬を吐き出した。彼女は洗面台に這いつくばって、薬の苦味を吐き出そうとした。「慌ててどうした?具合が悪くなったか?」ドアで凛々とした男の声が突然聞こえて、霧島弥生は驚いて彼の方を向いた。宮崎瑛介は眉をひそめて彼女を見つめていた。視線が合った途端、霧島弥生はすぐに視線をそらした。「大丈夫なの、薬を誤って飲んでしまっただけ」そう言って、彼女は唇の水を拭き取り、立ち上がり浴室を出た。宮崎瑛介は振り返って、彼女の後姿を眺めて考え込んでいた。昨夜から彼女の様子が変だと感じていた。朝食を済ませた後、夫婦は一緒に外出しようとした。宮崎瑛介はまだ少し顔色が青白い霧島弥生を一瞥し、「私の車に乗るか?」と言った。霧島弥生は昨日雨に濡れて、今朝起きたら体調が悪くなっていた。彼女はうなずこうと思っていた矢先に、宮崎瑛介の携帯電話が鳴った。彼は一瞥して、着信が奈々からのものだと分かり、彼女を避けようとしたが、霧島弥生はすでに自ら離れていった。二人は夫婦ではあるが、心は一つではない。霧島弥生は普段、宮崎瑛介の電話を聞く習慣はなかった。二人はずっとこのような付き合い方を続けていた。しかし、今日は宮崎瑛介が彼女を避ける様子を見て、心に少し痛みを感じた。しかし、その気持ちはすぐに消え、彼は電話に出た。霧島弥生は少し離れた場所から彼を窺っていた。彼の表情から、電話をかけてきたのが誰であるかすぐに判断できた。彼のあの優しい表情を、これまで彼女は一度も見たことがなかった。彼女は深く息を吐き、心の中の羨望を抑えながら携帯を取り出して、ガレージの方に向かった。五分後。宮崎瑛介は電話を切った後、振り向くと、そこには誰もいなく、霧島弥生の姿はすでに消えてしまった。同時に、携帯にメッセージが届いた。「急いで会社に行かないといけないから、先に行くわ」宮崎瑛介はそのメッセージをじっと見つめ、目が暗くなった。*霧島弥生は体調不良を我慢して会社に到着し、ドアを開けるとすぐにオフィスチェアに座り、机にうつ伏せた。頭が痛い……
「本当に大丈夫よ。昨日の仕事のまとめはできましたか?」すぐにまた仕事の話に戻ってしまった。大田理優は仕方なく自分が整理した資料を持ってきて、それに加えて彼女にお湯を一杯差し出した。「もし弥生さんが病院に行きたくないのなら、もっとお湯を飲んでくださいね」大田理優は当初、霧島弥生自身が雇って来たアシスタントで、普段仕事を真面目にこなしている。しかし、二人は仕事以外でプライベートでの付き合いはなかった。彼女が自分に対してこんなに気を遣ってくれるとは思わなかった。霧島弥生は心が温まった。お湯を何口か飲んだ。先ほどは少し冷えていたが、お湯を飲んだ後、霧島弥生はようやく少し楽になれた。しかし、大田理優はまだ彼女を心配して見つめていた。「弥生さん、今日の報告は私が代わりに行きますか?弥生さんはここで少し休んだらどうですか?」霧島弥生は首を振り、「いいえ、自分でやるよ」ただちょっと具合が悪いだけで、そんなに甘えるわけにはいかない。何かあったらすぐに休んで、他の人に代わりに仕事をしてもらうわけにはいかない。そうすれば、時間が経つにつれて、怠け者になる。もし今後具合が悪い時には誰かが助けてくれる人がいなかったらどうする?霧島弥生は手元の書類を整理し、宮崎瑛介のオフィスに向かった。彼女のオフィスから宮崎瑛介のオフィスまでは少し離れている。普段なら別になんでもないが、今日は具合が悪くて、霧島弥生は少し疲れを感じた。「失礼します」「入って」扉の向こうから低くて冷たい男の声が聞こえ、霧島弥生は扉を押し開けた。扉を開けると、霧島弥生はオフィスにもう一人がいることに気づいた。江口奈々だ。白いドレスが江口奈々の細い腰を見せ、腰まで届く長い髪が柔らかくその脇に垂れている。その時、床までとどく大きい窓からの日光に照らされた彼女は、スッキリとして生き生きとした印象を与えていた。相手を確認した途端、霧島弥生は体がこわばった。「弥生、来たわね」江口奈々はにっこり笑って彼女に向かって歩み寄って、霧島弥生が反応する前に彼女を抱きしめた。霧島弥生は体がさらに強張り、江口奈々の肩越しに宮崎瑛介の真っ黒な瞳と向き合った。男は机の脇に寄りかかって、深い目で彼女を見つめていた。何を考えているのかわからない。霧島弥生が
霧島弥生は仕方なく「雨に濡れただけで、大したことないわ」と答えた。そう言って、彼女は昨日の業務報告書を机の上に置いて行った。「これは昨日の業務のまとめを整理したものよ。私は仕事があるから、これで失礼するわ」霧島弥生は江口奈々を見た。江口奈々はすぐに笑顔を浮かべた。霧島弥生が出て行った後、宮崎瑛介は眉を一層顰めた。「瑛介くん?」江口奈々の呼び声に、彼はやっと我に返った。宮崎瑛介のその様子を見て、江口奈々は不思議に思ったが、それでも優しく配慮深く声をかけた。「弥生、調子が良くないようね。彼女は今、瑛介くんの秘書をしているけど、破綻する前は霧島家のお嬢様だったのよ。あまり厳しくしないでね」厳しく扱う?宮崎瑛介は心の中で笑った。あのお嬢さんを厳しく扱えるのか?しかし、彼はそれを言わなかった。ただ、「うん」と応えただけだった。霧島弥生は頭が重いと感じながら、自分のオフィスに戻った。座った途端、思わず机にうつむいた。さらに目眩がした。どれくらい経ったのかわからないが、大田理優の声が聞こえた。「弥生さん、やはり帰って休んだらどうですか」霧島弥生は本当に元気を出せなく、とても苦しくて小さな声で「理優、ちょっとっ横になりたい」と言った。そう言って、霧島弥生は深い眠りの中に落ちた。霧島弥生は夢を見た。夢の中で、彼女は18歳のあの日に戻った。あの日は霧島弥生と宮崎瑛介の成人式だった。両家は成人式を一緒に行った。当時の霧島弥生は、自分が好きな青いドレスを着て、パーマをかけ、ネイルをして、その日に宮崎瑛介に告白しようと思っていた。彼女は長い間宮崎瑛介を探して、彼を小庭園で見つけた。彼女はスカートをつかんで近づこうと思っていたが、宮崎の友達のからかう声を耳にした。「瑛介、もう成人したんだから、好きな女の子がいたら婚約も考えなきゃなあ」「霧島もいいんじゃない。いつも瑛介の後をついて回っているじゃないか」霧島弥生はそれを聞いて、本能的に足を止めて、宮崎瑛介の答えを聞いてみたかった。なにしろ、彼の答えは彼女が次にすることにも大きな影響を与えるだろうから。しかし、宮崎瑛介が答えられる前に、誰かが先に言った。「霧島はだめだ。瑛介は彼女を妹のようにしか見ていないって知っているだろう。瑛介の心には
だが、この件について霧島弥生は詳しく知らなかった。あの時、彼女も川に落ちたらしく、高熱を出し大病を患い、目覚めると以前の多くのことをほとんど忘れてしまい、自分がどのように川に落ちたのかさえ覚えていなかった。同級生の話では、彼女が遊ぶ心が強くて、注意力に欠けていたから水に落ちたそうだ。霧島弥生自身はずっと何かを忘れてしまった気がしていたが、どうしても思い出せなかった。その後も歳月が過ぎて、当時の出来事をはっきりと覚えている者はほとんどいなくなった。宮崎瑛介が命を救った人にこんなに執着するなんて思ってもいなかった。もしあの時、飛び込んだのが自分だったらよかったのに。夢の中の彼女の感情は、今の霧島弥生と融合したかのようだ。心は巨石が圧えられているように重く不快を感じ、頭痛はさらに耐え難い。なぜあの時飛び込んだのは自分ではなかったのだろうか?もし……もし……突然、宮崎瑛介の顔が目の前に現れた。その目は冷たく、無情である。「弥生、子供をおろして」すぐに彼のそばには江口奈々が現れ、彼女は蔓のように宮崎瑛介に依存していた。「弥生、子供をおろさないって、私たちの関係を破壊したいの?」破壊という言葉を聞いて、宮崎瑛介の目はさらに冷たくなり、彼は数歩進み出て霧島弥生の顎をつかんだ。「言う通りにしろ。さもなければ手を出すぞ」彼の手の力はあまりにも強く、霧島弥生の顎が砕け散るほどだった。霧島弥生は抵抗して、突然目が覚めると、全身が冷汗に濡れていた。目に見えるのは、窓の外を後ずさりする道だった。さっきのは……夢だったのか?どうしてそんなにリアルだったんだろう……霧島弥生はため息をついた。「弥生、目が覚めたんだ」優しい声が前から聞こえて、霧島弥生は目を上げた。江口奈々の心配そうな顔が見えた。「よかった、何かあったかと心配してたわ」江口奈々?彼女がなぜここにいる?すぐに霧島弥生は気づいて、彼女のそばに目を向けた。確かに、車を運転していたのは宮崎瑛介で、江口奈々は助手席に座っていた。宮崎瑛介は運転をしながら、彼女が目覚めたのを知り、ただ後ろ鏡を通じて彼女を一瞥した。「目が覚めたのか?まだどこか気分が悪いか?すぐに病院に着くから、医者に診てもらおう」霧島弥生は悪夢で心臓を高鳴らせ、少し落ち着いたはずの
彼女は病院に行くわけにはいかない。病院にいけば、必ずばれてしまう。笑われるかもしれないけれど、彼女は妊娠したことを人に知られたくない。なぜなら彼女は、ほとんど失ってしまった自尊心を守りたいから。霧島弥生は知っている。宮崎瑛介と偽の結婚に同意した日から、彼女の自尊心はもうないことを。今、彼の前で、彼の愛している女の前で、彼女には自尊心が残っているのか?それでも、それでも…霧島弥生は目を伏せた。それでも、彼女は人々に嘲笑われるようなことを全部話すことはできない。宮崎瑛介は彼女の言葉を聞いて、眉を深くひそめ、車の方向を変えて、急に道路脇に止めた。霧島弥生は彼が自分を降ろすつもりだと思い、ドアを開けようとした。カチッ—次の瞬間、車はロックされた。宮崎瑛介はルームミラーを通して、彼女を意味深く見つめていた。「なぜ病院に行かない?」昨夜、雨に打たれた後、彼女は変だった。霧島弥生は冷静に口を開いた。「もし具合が悪くなったら、自分で行くから」その言葉に宮崎瑛介は目を細めた。江口奈々はすぐに言った。「瑛介くん、もしかして私のせいかしら……ここで降りるから、弥生を病院に連れて行ってください。何より彼女の身体の方が大事だから、これ以上遅らせるわけにはいかないわ」そう言うと、江口奈々は宮崎瑛介のほうに体を傾け、ドアのロックのスイッチに手を伸ばそうとした。そして宮崎瑛介が彼女を止め、二人の腕が触れ合ったのを霧島弥生は見ていた。「そんなことない」宮崎瑛介は眉をひそめて霧島弥生を一瞥した。「あなたのせいじゃない」江口奈々は二人の手が重なったあと、目に少し照れた色合いを見せた。霧島弥生はこの光景を静かに見ていた。江口奈々が彼女の視線に気づいて、照れくさそうに目をよそに向けた。「弥生、誤解してごめんね。私のせいで瑛介君と喧嘩をしていたと思ったの。本当にごめんなさい」霧島弥生は淡々と彼女を一瞥した。江口奈々は霧島弥生のことも助けたことがあり、命の恩人とも言える。もしそうでなければ、彼女のことを底意地の悪い人間だと思っていたところだ。しかし、結局のところ、彼女は自分の恩人だった。霧島弥生は彼女に無理やり笑顔を向けた。「大丈夫よ」江口奈々は笑って言った。「病院に行きたくないって、病院が怖いの